Act03: 発覚: section06

感情

足元がおぼつかない僕を連れて
畠さんは
いつものショット・バー
〝シナイ〟の扉をくぐった…。

そこは
落ち着いた赤のトーンが広がる
カウンターと小ホールだけの
こじんまりとした店だった…。

「どうだ?気分は?」

隣のスツールに
腰掛けている畠さんが
僕に聞く…。

「……」

僕は
カウンターに視点を落として
…黙りこくっていた。

「ああいう状況では
 とにかく進む。
 立ち止まったら
 余計に感受するだけ」
「……」
「わかったか?」
「……」
「—。返事はする」
「…う…あ…ああ…」

僕は下を向いたまま
ぶっきらぼうに答えた…。

「—。相変わらずだなぁ」
「……」
「たまには
 にっこりしてみないか?
 ん?〝トモクン〟は?」
「……」
「聞いたら。とにかく何か答える」
「う…。わ…笑う…理由なんか
 …ない…」
「はは。つれないね。まあ…。
 落ち着いたのなら…」
「……」

「それで?
 ここに来たという事はつまり
 感謝しているという訳だ?」
「…ど…どうして。感謝なんか…」
「ふうん?」
「僕は…。聞きに…来たんだ…」
「そう。それで?
 聞いてどうするの?」

「やっぱり?!知っている?!
 あの作品…」
「知っているって言うほどでも
 ないね」

「ウソだッ。知ってる。
 どうしてあの作品が…」
「まあま。
 久々のプライベートだろ?
 オーダーしなよ。ほら」

ちゃり。

畠さんはそう言うと
クラス・チップを
テーブルに置いた。

「…チップなら…持ってる…」

僕がジーンズのポケットに
手を突っ込んで
チップを取り出そうとすると。

畠さんはそれを制して言った…。

「施されなよ?
 いつものことだろ?」
「……」
「何にする?」
「……」
「聞いたら答える」
「……ボ…※1ボルドー …」
「—。オレといて
 ボルドーはないだろ?おまえ…」
「……」

「–。子供過ぎるぞ?」
「な…!なんだよっ。それ…ッッ」
「だから。それ…。ああ。
 やっとこっちを向いたか?ん?
 ほら。何にする?」
「~~~」

「ん?聞いたら…」
「じゃあ。※2クリムソン」
「シングル?ダブル?」
「トリプル」

「だからそれが…。
 まあ。いいけど?
 深酔いしたら
 俺が面倒見てやろう」
「ごめんだ」
「はははは。ほんと
 つれないなぁ。トモは」

そう言って畠さんは
僕にプライベートな笑顔を見せた。

僕と畠さんはこの店で
たまに
プライベートな時間を
過ごすことがあった。

そんな時
畠さんは自分のことを
〝僕〟ではなく〝俺〟と言い
僕のことを
〝滝君〟ではなく
…〝トモ〟…と呼んだ…。

それは
人付き合いが苦手な僕にとって
かなり…例外的な事だった…。

こと…。

程なくして
クリムソンで満たされたグラスが
僕の前に置かれた…。

「俺は先にやってるから。
 お祈りしなさい?感謝して?」
「…誰が…」
「いけないなぁ。
 不謹慎なことは…」
「畠さんだって
 祈ってやしないだろ?
 …人にだけ強要するな」

「これはまた?
 強要なんかしないぞ?
 この世界はあくまでも
 神に対する自主的な
 活動によって保たれている」

「…やめろよ…。らしくない。
 所長の話を…聞いてるみたいだ」
「ご明察。まねしてみたのさ。
 感謝の気持ちが味わえるかと
 思ってね」
「……」

「ああ。
 やっぱりここの※3マゼンタは
 特級だな。他の地区ではないよ」

辛辣なことを言うかと思えば
急に笑顔になって話しかける…。

その変化ぶりには
戸惑うことも多かった…。

でも…。
なぜかそれが
逆にほっとする部分でもあって
僕は…嫌ではなかった…。

僕は
目の前に置かれたグラスを
手にした。
傾けて匂いをかぐ…。

嗅覚にズキリとくる
独特の匂い…。
…それから一口…。

舌の上に広がる
ちりりとした感触…。

…喉を焼いて…。
それから…。
…胃に落ちる…。

「畠さん」

僕は改めた口調で
畠さんに話し掛けた…。

すると…。

「あの作品のことは…。
 もう深入りするな」

畠さんが
先回りするように言った。

…がたっ…。

僕は…。

「どうして?!僕は…」

僕は
…スツールから立ち上がっていた。

胃に落ちたクリムソンが
火のように熱く
胸を這い上がって来るようだった。


※1ボルドー … アルコールの種類。安価なアルコールの類
※2クリムソン … アルコールの種類。比較的高級なアルコールの類
※3マゼンタ … アルコールの種類。高級なアルコールの類