第6章: 家族という名の他人: 小章1

山から下りた日

山を離れることになったのは
ある日突然のことだった。

突然の退去勧告

その日
大家さんから一本の電話があった。

「出て行ってもらいたい」
…と、理由もなく、淡々と。

あまりに唐突で
状況が飲み込めないまま
言葉を返すこともできず
ただ沈黙した。

数日後
大家さんの家に呼ばれて
話を聞いた。

でも、そこでも
納得のいく理由はもらえなかった。

借りていた場所では
それまで何のトラブルもなかったし
こちらにも思い当たる節は
何ひとつなかったから。

ただ、大家さんは
ちょうど重い病を
患い始めていた時期で…。

真相はわからないけれど
もしかすると、病が
人の心を変えてしまったのかも
しれない…と思った。

だってそうでも考えなければ
気持ちのやり場がなかったし。

山の家を離れることは
本当に悲しかった。

一晩中泣いた。

でも
どれだけ泣いても
何も変わらない…。

そう考えて
ひとつの現実として
それを「頭で」受け入れた。

はじめからなかった居場所

そんな矢先。

なるべく
関わらないようにしていた父から
連絡があり…。

「もう自分たちも年だから
 一緒に暮らさないか」
と持ちかけられた。

戸惑いと
言いようのない不安が
胸の奥に広がった。

正直
それまでは
親と再同居するくらいなら
死んだほうがマシだとさえ
思ってた。

でも実際のところ
所持金は底をつきかけていて。

この先の暮らしの見通しも
立っていない。

その現実を
目の前を突きつけられた時…。

死んだほうがマシ…という
強かった思いも
あっさりと流れてしまった。

私は
とりあえず〟生きる〟という
最低限の選択肢として。

また、もしかして
親子の関係性も
変わっていくかもしれない
という期待もして。

その申し出を
受け入れることにした。

でも父は言った。
「今の家には
 お前の住む場所はないけど
 …どうする?」
と。

同居を持ちかけた本人から
さらりと言われたその一言に
この人(父)の真意は
どこにあるのだろう?と思った。

もともと
家族の中には
私の居場所なかったけど。

自分でも距離を
おいていたけれど…。

その父の一言は
私の胸を締め付けた。

それでも私は、同居のため
ほとんど
他人に頼むような心境で…。

それはまるで
〝大家さん〟に頼むかのような
心境で…。

父に
家の敷地内に余っている土地に
プレハブを
建てさせてほしいとお願いした。

その時の気持ちは
極端に遠慮と不安に満ちていた。

体はまだ山にいるのに
心は過去に引き戻され
孤独を感じた。

それから8ヶの間
私は山の家と親の家を
何度か行き来しながら。

プレハブを建てる準備や
引っ越しの段取りを進めていた。

心はどこか
深い部分に追いやり
ただ目の前の現実を
淡々とこなしていった。