短編小説集:

猫のカーニバル

— 猫のカーニバル —

しとしとしと。
しとしと……。
さーさーさー。
さーさー……。
……。
雨が、降っている…。
……。
さーさーさー。
さーさー…。
…………。

「…。雨、止みませんね?」

男が言った…。

「…。そうだな…。
 今夜いっぱい
 降るんじゃないか?」

男が答えた。
さーさーさー。
さーさー。

……。
「…。ネコ、いませんね」
「ああ…。いない…な…」

さーさーさー。
さーさー…。
………。

「やっぱり、アレでしょうか?」
「……。アレしか、ないだろう」

……。
さーさーさー。
さーさー。
しとしとしと。
しとしと…。
……。

…雨……。
そして、猫の不在…。
……。

この二つの事柄から
導き出される現実はただ一つ。

それは…。

……猫のカーニバルである……。
…………。
……………。

「誰が言い出したんだ?
 猫のカーニバルだなんて」

「…。僕では、ありません」

「俺でもない」

「じゃあ…」

「…そう…だな」

「そうです。ここには。
 僕とあなたと。
 彼女しかいませんから」

………。
さーさーさー。
さーさー…。
……。

「そう言えば
 彼女はどうした」

「…。さっき
 おなかがすいたと言って
 出て行きました」

「まさか…。
 一緒に獲りに行ったんじゃ
 あるまいな?」

「止めてください。
 危険な発想です」

「…そ…そう…だな…」

…………。
さーさーさー。
さーさー。
……。
雨が降っている。
……。
さーさーさー。
さーさー…。
……。

かたり。
びっくぅ…。
男は恐怖した。
かた、かたかた…かた…。

「…。は、ははは。風、だよ。
 風。はははは。過敏すぎるな。
 君は。は、はははは」

男は笑った。
だが、目は真剣(マジ)である…。
…………。
さーさーさー。
さーさー…。
……。

「そうだ。
 いいことを思いついた」

「なんですか?」

「見ないフリをしてみたら
 どうだろうか?」

「だめです」

「…。やったのか?」

「やりました。でもだめです。
 見えない分、音がリアルで…」

「…そうか…。なるほどな…」

……。
さーさーさー。
さーさー…。
……。

「もう、寝るか?」

「そうですね。
 寝込んでしまえば
 わからないかも知れない」

「言えている。じゃあ…。
 歯磨きするか」

「そうですね…」

二人は、立ち上がった…。
……。

いざという時にも
すぐには眠れない。

人間とは、厄介な生き物である…。
……。

さーさーさー。
さーさー。
…雨は降り続く…。
さーさー…。
…さーさー…。
さーさーさー。
さーさーさー….。
………。

しゃこしゃこしゃこ。
しゃこしゃこ。
しゃかしゃかしゃか。
しゃかしゃか。

男達が歯を磨く…。
しゃこしゃこしゃこしゃ…。

…じゃー。

「…。もう終わりか?」

「ええ」

「早いな」

「そうですか?」

「…早い。虫歯になるぞ」

「なりません。さし歯ですから」

「…。そう…か…」

…しゃこしゃこしゃこ…。

男は磨きつづける。

しゃかしゃ…。

…うっにゃぁぁ。

「……」
「………」

聞こえた猫の声……。

二人の動きが
一瞬止まる…。
……。

「くぐもっていたか?」

男が聞く。

「いえ…。
 よく聞き取れませんでした」

男が答える。
………。

うにゃあ。
とっとっとっとっとっ。
鳴き声と、足音….。
うっにゃぁ。

「くぐもっていないぞ」
「では
 持っていないのでしょうか?」

「いや…。安心は出来ん。
 あいつは、策士だからな…」
「….」

うっにゃぁーん。
とっとっとっとっ。
二人の緊張感が高まる。
とっとっと…うにゃ?
顔を出す。猫…。

「……」

「……」

「ふぁぁぁぁぁ~~~~」

…持っていなかった…。
だが。
ずぶ濡れである…。
……。

うにゃあ。
「あ、こいつ。拭くなよ」
「…。さりげなく
 拭いてますよね。人の服で」

猫は、身体を擦り付ける。

「冷たいぞ。あ、こら」

ばっばっばっ。
猫は、足で、耳を掻く。
ぱら、ぱら、ぱら。
飛び散る、砂。
……。

「はぁ….」

男はため息を吐いた。
さっき掃除をしたばかりである。

……。
ざしざしざし。
ざしざしざし。
猫は、毛繕いをする….。
……。

「もう
 行かないでもらいたいよな」

「そうですね。
 今のうちに
 寝てしまいましょう」

「よし」

二人は、寝室に戻る。

……。
ぺりぺりぺり。
ぺりぺりぺり。
男は、ローラーで掃除を始める。
ぺりぺりぺり…。

「もう、そんなに砂が
 取れますか?」

「ああ。一度で、これだもんな」

ぺりぺりぺり。
ぺりぺりぺり。
……。

うにゃ?
猫は、無邪気である。
…でも、果たして、本当か….。

とっとっとっと…。

「あ…」

「あ、行くな」

うんにゃあ。

「行かなくていい。
 もう、人間は寝るぞ」

うんにゃ。
とっとっとっと。

「あ…」

「ああ….」

……。
…出ていった…。

「行きましたね」

「行ったな」

「今度こそ
 まずいんじゃないでしょうか?」

「言えている。よし。寝よう」

「ええ」

……。
しゃわしゃわしゃわしゃわ。
男は、寝袋を広げる。
しゃわしゃわ..。

「これ、枕です」

「サンキュー」

「なんか、掛けますか?」

「いや、大丈夫だろう」

「でも、たまに抜け出だして。
 開き(ヒラキ)になっていると
 彼女が言っていましたよ」

「…。そうか。じゃあ、借りるか」

「はい。どうぞ。
 これなら、涼しいと思います」

「サンキュー。
 じゃあ、電気消すぞ」

「消してください。
 おやすみなさい」

「おやすみ」

……。
………。
と。言っても。
すぐに寝付けないのが
人間である。

ましてや…。
…猫が不在である…。

「もう、寝たか?」

「まだです」

「思いついたんだが。
 猫穴をふさいでしまったら
 どうだろうか?」

「それは…。だめです」

「やはり…。少しかわいそうか」

「いえ。そうではなく…」

「なんだ?」

「並みの重さのガソリン缶なら
 押し開けて入ってきます」

「それは平気だろう。
 今日、満タンにした。
 いくらなんでも、22Kgは
 動かせまい」

「だめです。
 開かない事がわかると
 訴えてきます」

「鳴くのか?」

「それだけではありません。
 鳴きながら
 家の周りを回ります。
 そして、雨戸や壁を
 がりがりと…」

「…がりがりとやるのか?」

「そうです。
 それでも開けないと…」

「開けないと…どうする?」

「ガソリン缶を足で蹴ります」

「猫キックをするのか?
 ガソリン缶に」

「そうです」

「ううむ…」

「そして、それでも開けないと。
 また、家の周りを鳴きながら
 歩きます」

「…」

「その様子は、さながら…」

「…さながら….?」

「牡丹灯篭の様だと…」

「……。
 それは…彼女が言ったのか?」

「そうです」

「そうか…。
 では。寝るしかないな」

「ええ。寝ましょう。
 もう、危険です」

「よし。寝よう」

……。
…うっにゃぅぅぅぅ。

「うっ…」

うにゃうぅぅ。
たったったったった…。
鳴き声…。

そして。
軽快な足取り…。
……。

「く、くぐもっていたな」

「ええ。くぐもっていました」

……。
とっすん。
うにぁぅぅぅ。
現れた猫….。
……。

「わぁあああっ」

「持っているっ。
 持っているぞっっ」

……。
ばったん。
とったん。
ばったん…。

「あ…ああ….始まった…」

「もう…だめだ…」

…猫のカーニバルである…。

…。
………。
…だが…。
まだあるのだ。
……。

「あ、生きてます。まだ」

「な。なんだとっ」

「あ、放った」

「ばか。
 こらっ。あ、逃げたぞっっ」

「猫に、猫に捕まえさせましょう。
 そして、猫ごと出すんです」

「よし。そうだな。それで行こう。
 おい。猫」

うにぁうん…。

「猫っ。こら。知らんフリするな」

……。
…猫は気まぐれである…。

「おい。ここだ。
 ここに逃げたんだっ。
 ほら、行け」

……。
うんにゃぁ…?

「うんにゃぁじゃない。
 ご馳走が逃げたんだぞ」

……ちょろりん。

動く物体…。

ばっっ。
見えれば、猫は、飛び掛かる…。

「……」

「……」

その素早さと、突進力に…。
人はただ、おののく…。

………。
ばったん。
とったん。
ばったん。
とってん…。

……。
そして。
獲物で遊ぶ。
……。

とってん。ばったん。
とったん。ばったん。

……。
獲物が舞う。
猫が踊る。
砂が飛ぶ。
……。

─猫のカーニバルである─

-完-