長い長い時が経った。
それは必然として起きた。
蒼き氷の
海深くに眠るレナが目覚めた。
氷はみるみる溶け出していき
それは豊かな
大海(たいかい)となった。
アリオンは待っていた。
そうして、その様(さま)を
かつてないほどの
穏やかさで見ていた。
大海(たいかい)から
ゆうるりと浮かんでくるレナを
アリオンはただ待っていた。
そうしてレナが
薄っすらと目を開けた時
アリオンはレナを呼んだ。
「レナ」
「…。おにい…さま…?」
「レナ。待っていた」
「私…を…?」
「そうだ」
「私…私は…」
「……」
「今まで…?」
レナは
はっきりしない感覚の中で
懸命に記憶を手繰り寄せた。
「レナ」
アリオンは語りかける。
やがてレナは己の行いを
思い出し…。
「わ、私は…!そ、そうです。
私は、大変な行いをしました。
お兄様を怒らせ、ソラを…」
「いいのだ。レナ」
「え……」
「いいのだ。
それもソラの意志なのだ。
意志だったのだ」
「……」
「そのことに私は
一時は絶望もしたが
希望を見つけた」
「希望…」
「そうだ。
そしてその希望の光を灯すと
誓った。レナ、お前とともにだ」
「私が…お兄様と…」
「そうだ。だから
受け入れてほしいのだ。
あの時、伝えられなかった
私の愛を」
「あ、愛…お兄様…の…愛…」
「私がアレイアとともに
創り上げたセカイに
ヒトという生命(いのち)を
生み出すことがお前の
役目だったのだ。
いや、お前と私の役目だった」
「……」
「あの時、アレイアと同じ愛で
愛してしまったから
お前に子は
つまりヒトは成せなかった」
「……」
「私の至らなさで
お前を深く傷つけた。すまない」
「お、お兄様が
そのようなことを
おっしゃるなんて。
私が、私がいけないのです。
私が愚かだから…」
「そうではない。
いや仮にそうだとしても。
それもソラの意志なのだ」
「愚かであることが…ですか?」
「いや、愚かであることも、だ」
「……」
「生まれたヒトに知識や技術
芸能などを伝えることが
リゲルの役目だった」
「リゲルお兄様…」
「だが順番が違ってしまった。
リゲルは先にお前に術を与えた」
「……」
「だから、これから私とお前とが
ヒトを成しても
はじめのソラの意志とは
異なるものとなるだろう。
だか、それさえも
ソラの意志なのだ。
お前が深く眠ってしまって
私にも大いなる時が与えられた。
これはその中で
理解できたことなのだ」
「私には、よく…
わかりません…ただ」
「ただ?」
「私の…私たちの子どもたちにも
やはり私と同じ愚かで
罪深い心が宿るのでしょうか…」
「愚かであったとしても
それそのものは罪ではない」
「……」
「…そして、愚かさ故に
悲しい出来事がおきたとしても
それもソラの意志なのだ」
「……それは…。
とても悲しいことです」
「レナ」
「悲しい思いは
伝えたくありません
愚かさも…」
「……」
「生まれてくる子どもたちが皆
悲しみを、愚かさを
背負ってくるなんて…」
「悲しみや愚かさだけではない。
希望がある」
「希望…」
「悲しみで絶望するだろう。
苦しさに押し潰されるだろう。
けれど、希望は必ず
降り注ぐのだ」
「……」
「私はそれを体験した。
たとえ絶望に沈んでも
ヒトはそれを凌駕する
希望を持つ」
「……」
「それは私の意志だ。
もちろんソラの意志でもある」
「……」
「己の意志がソラの意志であり
ソラの意志が己の意志である
と深く気づいた時」
「……」
「ヒトは命の道を見る」
「…己の道…」
「そうだ」
「……」
「そうして己の道を見つけし時」
「……」
「ヒトは一つの決断をするだろう」
「…決断…」
「それが再びのセカイへと続く
最終決断なのだ」
「……」
「全は個であり、個は全である。
愛という光のセカイだ」
「……」
「いま一度言おう。
私の愛を、意志を
受け入れてほしい。
お前の愛を
お前の意志を聞かせてくれ」
少しの間(ま)のあと
レナは静かに口を開いた…。
「私はお兄様に愛されたい…。
けれどいいのでしょうか…?
私が誤らなければ…。
あの時リゲルお兄様に…」
「その物語があったからこそ
私は絶望もしたが
そこから希望を見つけることが
できたのだ」
「……」
「私への愛は変わったか?」
「…!いいえ、いいえ…!お兄様。
私の愛は、あの頃のままです」
「では、この手を取ってくれ」
アリオンは
レナに手を差し伸べた。
「……」
レナは少し躊躇した。
だがしばしの後(のち)
決意したように小さく頷くと
しっかりとアリオンを見つめて
アリオンの手を取った。
それはレナの愛であり
意志でもあった。
熱きものがお互いを巡っていった。
セカイに
ヒトが成った瞬間であった。