「よッ。どこ行くんだよ。
別嬪ちゃん」
「…ッ…」
シナイを出たところで
僕は見知らぬ男に声を掛けられた。
でもレスポンスしている
ひまはない。
先に出た 畠さんに
追いつかなくては…。
「……」
僕は男を無視して
通り過ぎようとした。
すると…。
「待てよぉ。なぁ?
あのおっちゃん
追ってくのかよ?」
…おっちゃん…て…。
畠さんのこと…?
「なぁ
あんなおっちゃんよりよぉ。
おれとつきあわねぇ?なぁ。
それ。おっちゃんに
泣かされたんだろ?
おれ見てたんだぜ?」
「…ッ…」
なん…だ…。
…この男…。
僕は改めて男を見た…。
赤い頭髪。
赤い瞳…。
カナンに居住する
サイト・クルーだろうか。
シナイにいたのか…。
「や。おめぇ。
珍しい目の色してんじゃん。
あっこじゃ暗くて
わかんなかったけどよ」
「……」
「こんなとこじゃ
珍しい※1ブル・クラじゃん。
何?カナンの観光?」
「……」
男が執拗に話しかけてくる。
僕は
再び無視して歩き出そうとした。
早くしなくては
畠さんを探し出すことが
出来なくなる…。
だが…。
「待てって。なぁ。
あのおっちゃん。
おまえの※2パトロンかよ?
おまえ。※3プロパティなの?」
「…!」
「なぁ。いい夢見して
もらってんの?
おっちゃん上手い?」
「な…何…」
「へへぇ。ふぅん。
綺麗な※4Bクラなんだぁ?
ますますいいじゃん。マジ。
目の色もグーだしよ。
あ。おれ〝イッペイ〟。
サクライッペイっての。
おまえは?」
…じ…。
冗談じゃ…ない…。
なんで僕が見も知らない男に。
名乗らなきゃならないんだ…!
僕は
僕の進路をふさいでいる男の脇を
強引に抜けようとした。
その時。
「やあ。いっぺいちゃん。
相変わらず早いねぇ。
もう。ナシついたの?」
別の※5ロア・クラスの連中が
数人やって来て
たちまち
僕の周りを囲んでしまった…。
「ったりめーよ。
俺にかかっておちねぇ女は
いねって」
「言うよなぁ。
いっぺいちゃんはぁ。
あああ。ブル・クラなんじゃん。
すげっ。べっぴん!」
そう言って一人の男が
僕の顔を覗きこむようにした…。
「ひぇ…。何…目の色が…。
これぞ〝神秘的〟っつーの?」
「えー。ブル・クラの
別嬪だってぇ?見せろ見せろ」
どやどや…。
ちょうど労働の
引ける時間帯なのか。
どこからともなく集まってきた
ロア・クラスの連中に
僕はいささか
圧倒されそうになった…。
「おお。何?そんで。
この別嬪チャンは。
誰のモノなの?」
「きまってらぁ。
おれさまよぉ」
最初の男が答える。
「なぁ。おれと。いいとこ。
いこうぜ?おれ。
優しくするからよ」
「あぁぁ。いっぺいちゃんの
毒牙にまた一人…。
犠牲の女の子がぁ…」
「あにが犠牲だってぇの。
エデンで一番いい夢見して
やるっての。なぁ。
名前教えろよ?したら。
ちゅーしてやんからよ」
「!!」
「いゃーん。いっぺいちゃん。
かげきぃ」
わいのわいの…。
…こ……。
こいつら僕のこと…。
…女だと思って…?
「…どけよ…」
僕は言った。
「どけよ?いけねぇなあ。
女の子がそんな言葉使っちゃぁ。
神様に嫌われちゃう…ぜっ」
「……!」
男はそう言いながら
僕の腕を掴むと
僕の顔に自分の顔を近づけてきた。
…ぅおおおおぉぉぉぉ…。
周りの連中が一気に囃し立てた。
男に押されて一歩も二歩と退く…。
だが。
男の動きは速くて
僕の腕を掴んだもう片方の手で
僕の髪を捕まえ
僕の顔を押さえつけようとした…。
…僕は…。
ばきっ。
…反射的に。
右手を男の顔面に発(た)った…。
「………」
「ってぇぇ~~~っっっ」
…おぉぉぉ……。
周りの声が。
驚きの声に変わった…。
「…てめ……」
男が
一瞬すごんだ目で僕を見た…。
「てめぇ…。女じゃ…ねぇな…」
「……」
「性悪なヤツだな。てめぇ。
男が男。騙してんじゃねぇよッ」
「!!そっちが勝手に
間違えたんだ…ろう!」
「言ってんじゃねぇよ。ああ?
ヤローだぁ?冗談じゃねぇっ」
「っ……!」
そう言うと男は
今度は僕に掴みかかってきた…。
僕は男に胸元を掴まれて
勢いよく壁に押し付けられた。
ダン!
…わいわいわいわい。
…おおおおお…。
周りの連中が。
囃し立てまくる…。
目の前の男。
赤い髪…。
赤い…目…。
ど…くん…。
「…ッ…」
男の〝赤〟を見ているうちに
僕はまた
カナンに来る時に感じる
疼きを感じた……。
どくん…。
……。
どく…どくん…。
高鳴る心臓…。
どくん。どくん。
自分の頭に。
自分の鼓動が響く…。
どく…どくん。
…どく…どくん。
「は……」
僕は短く息をついた…。
男の力は強くて
変わらずに
僕を壁に押し付けている…。
どくん。どくん。
伴う…頭痛…。
「…う……」
…ずる…。
「ちょっ。お…おいっっ」
ずるる…。
…僕の体がその場に崩れた…。
「おいっ。っかやろ。
まだ、あんにもしてねーっっ。
こけんじゃねぇよッっ」
男の声が上から聞こえる…。
…あ…あ…。
倒れ…た…のか…。
…僕…は…。
…わぃわぃわぃわぃ…。
周りの声が
徐々に遠くなっていく…。
ああ…。
…誰…か…。
ふと…過(よ)ぎった…。
それは…さっき…。
…畠さんが…。
触れ…た…。
「……」
僕の意識は
そのまま深く沈んで行った…。
※1ブル・クラ … 色感ブルークラス
※2パトロン … 援助者
※3プロパティ … 属性、所有物
※4Bクラ … 音感Bクラス
※5ロア・クラス … 下級労働者階級