「いつ供出?」
「え…」
畠さんが。
唐突に聞いた…。
「したんだろ?譲渡契約」
「…あ…ああ…。3日…後…」
「それはまた。随分と
お急ぎなんだな」
供出とは僕達クリエイターが
作品を公的なものとして
エデン、およびEDENの神に
捧げることを言う。
著作権譲渡契約をした作品は
必ず何日か後に
供出しなければならない…。
「行くの?
ヒーリングセンター?」
「…行かなきゃ…なんないだろ…。
畠さんだって言ったじゃないか」
「まあね」
「……」
供出は
ヒーリングセンターで行う。
ヒーリングセンターに
出向いて行って
脳内にある作品情報を
すべて提出するのだ…。
具体的には
一定時間こちらが発信した脳波を
センター側が検波器にかけ
搬送波を伴わない
作品情報だけを取り出す。
取り出された後
こちら側には
搬送波だけが
脳内のもとの領域に返される。
つまり領域を上書きされるのだ。
それによって脳内の作品情報は
事実上消去される仕組みに
なっている。
………。
…その時の感覚…。
こちら側の脳波に
センター側が
※1チューン・インしてきた時の…。
まるで神経に
…直接…触れるような…。
「……」
僕はふと思い当たった…。
畠さん」
「ん?」
「…さっきの…傍受って…」
「……」
「チューン・インされてる感覚
…あったのか…?」
「—。俺は冷静だからな」
「っ。なんだよッ。そうやって…。
畠さんが…。畠さんが
煽るんじゃないか!」
「—。煽られるなよ?俺ごときに」
「…ッ…」
「おまえ技術屋だろ?
同じだよ。作品も本人も」
「ぼ…僕は…。
畠さんみたいには…」
「やれよ。保身したいなら」
「…保身…て…。何だよ。
何から……?」
「傍受の話を聞きたいんだろ?」
「…そ…うだ…よ」
「—。それで?
俺にチューン・インされた
感覚があったら。どうなんだ?」
「…それ…だから…。
そんなことは…。
〝一般民〟には
…出来ないんじゃないかって…」
「—。随分消極的な発想だな。
だが。まあ。そういうことだろ」
「…それ…だって…じゃ
畠さんは…」
「……」
「まさか…。畠さん」
「なんで?
そう。まさかでもないだろ?」
「何のために?!」
「……」
「…何の…」
「—。〝一般民の動向調査〟
…とかね」
「す…するのか?
ヒーリングセンターが?!」
「おかしくないだろ?
何をしたって。
それは神のために」
「……」
神のために…。
畠さんの
言っている理屈はわかる…。
それは
ヒーリングセンターが
アッパー・モストクラスによって
運営されていて。
そして
そのアッパー・モスト・クラスは
このエデンを管理統括する特権を
神より授かっていて…。
つまり
アッパー・モスト・クラスは
神から直接啓示を受けている
民であり。
〝一般民〟とは区別されて
存在し…。
そして自らそのすべてを
神に献身している…。
…〝神の奴隷〟
と…自認するクラス…。
だが仮に…。
畠さんの言うように。
天啓によって
アッパー・モスト・クラスが。
個人の脳波を傍受しているとして。
それで動向調査をしているとして。
だがそれで…?
「わかったか。作品漏洩の理由が」
「…う…」
僕が。
頭の中の〝?〟を
整理する間もなく
畠さんが畳みかける様に言った…。
「ん?聞いたら…」
「…わ…わから…ない…」
「–。そうか…」
「……」
「—。よっぽどおまえの脳内は。
※2クラスタ・チェーンが
破壊されているらしいな」
「破壊?!」
「—。意味不明?」
「わ…わからない…よ。
わからない…。なんなんだよ…。
畠さんは…」
「……」
「わ…わからないよ。
畠さんの言ってる事は…。
なんにも
わからないじゃないか!」
僕はいつになく
感情的になっていた…。
自分でも変だと思うくらい
畠さんにぶつけて…。
…かたん…。
すると
畠さんが黙って席を立った…。
「…畠…さん…?」
「……」
僕は畠さんから視線を外した…。
畠さんは…。
こんな風に
ぶつかり合うような会話を
好まない…。
だからきっと…。
もう…。
…話を切り上げる…つもり…だ…。
だが…。
「…ッ…」
僕はびっくりして顔を上げた…。
畠さんが不意に
僕の頭に手を置いて
まるで子供の親達が
自分の子供にするように
僕の頭を
ぽんぽんと叩いたからだ…。
「……」
僕が黙っていると…。
「おいで。トモ」
畠さんがそう言った…。
…僕は…。
「……」
ふと
僕の目頭から
熱いものが流れた…。
「なんで?泣くの?トモ?」
畠さんが聞いた…。
「…わ…わから…ない…」
「—。良いけど。酔った?」
「…酔って…は…いない…」
「じゃあ来なよ。
どの道帰れんだろ?
そのままじゃ」
畠さんが言った。
僕は…。
「立ちなよ。※3ディオン聴こう」
「……」
僕が無言でいると
畠さんは僕を置いて
シナイを出て行った…。
「……」
今追わなければ
この先この話はもうないだろう…。
畠さんはきっと
二度と口にしない…。
僕は席を立った。
そして畠さんを追って
シナイを出た…。
※1チューン・イン … (波形を)合わせる
※2クラスタ・チェーン … クラスタをつなげるもの
※3ディオン … 大道芸のアコーディオン演奏