かしょ。
ぴぽ。
僕は、配給品であるPC、
アルファ・オメガの電源を入れた。
ふぃぃぃぃぃぃぃーン…。
モーター音が、静かに響く…。
「……」
黒い背景色に
カウントアップされてゆく
メモリ…。
…IRQの確認…。
ばささ。
僕はシーツを脱いで
ソファにかけてあった
ジージャンを羽織った。
「……」
冷えた布地が素肌に冷たい。
コーヒーでも飲もう…。
アルファ・オメガ は、
立ち上がりが遅い。
周辺機器を付けまくっていれば
いるほどその遅さは余計だ。
コーヒーを
入れるくらいの余裕(?)は
十分…。
僕は。
キッチンへ行き、
ケトルに水を入れ
それをホット・プレートに乗せた。
カップ…。
……ドリッパー…。
豆…。
…とフィルター…。
…かたかたかた。
セットする…。
……。
♪♪ シャラララララ・フウフウ
♪♪♪ シャラララン・フウフウ
♪♪♪♪ シャラララン・ラルラ
♪♪♪♪♪♪ シャラララ・ラン
部屋の方から
アルファ・オメガの
起動音が聞こえた…。
いつも思うけど。
あの起動音
カスタマイズできないのかな。
…でも。それって
〝背反(はいはん)〟…?
…ふつふつふつ……。
しゅしゅ…。
…しゅしゅ…。
……しゅしゅしゅー。
れ…?もう沸いた…?
早いな…。
…あ。今日※1シャッバート・イブ。
そっか…。
「ん…」
たぽたぽたぽ…。
僕は
用意したコーヒー豆に
沸きたてのお湯を注いだ。
コーヒーの香りが
キッチンに漂う…。
と、その時……。
…ぷ…ぷるぷる。
ぷるる…。
ぷるぷるぷる。
…ぷるる…。
「誰…?」
起動後。
オートログインに
セットアップしておいたPCが
早速、着信コールを鳴らしている。
「タイミングいい…。
と言うより。
アクセスしてたのか…」
ぷるぷるぷる。
…ぷるる…。
オート・レシーブは
セットアップしてあったっけ…?
ぷ…ぷるぷる…。
…ぷ…。
あ…受けた…。
『もしもーし。滝さぁーん。
起きてますぅー?』
「……」
スピーカーから耳慣れた声がした。
「…神崎さん…か…」
『もしもーし。起きてますかー』
「……」
起きてはいるが…。
『滝さぁーん』
今、コーヒーを入れている最中…。
「……」
『滝さーん。
起きてくださいよーっ』
『もしもーし。おーい。
起きてくださーいっっ』
『滝さぁーん』
仕方ないな…。
僕は部屋に戻り
マイクに向ってレスポンスした。
「はい…。滝、で…」
『滝さんっっ』
「……」
『やーっ。良かったスっっ』
「……」
『や。参っちゃいましたよ。
や。でも。いて良かったす』
「…何か…?」
『あ、それがもう大変で…』
「……」
『あ、や。えっと。あの。
今から、来てもらっちゃって
いいスか』
「え…」
『お願いしまス。来て下さいよ』
「……。不具合、ですか?」
『それが…。あ、や、とにかく。
たのんますっ。来て下さいっ』
「……」
『お願いしまスよ。滝さん。
所長も、畠(はた)さんも
さっきから、もう来て
待ってるんスよ…』
「え…畠(はた)さん……?」
『そぉなんスよ。たのんますよォ。
滝さん…』
なんで…畠(はた)さん…?
『滝さぁ~ん…。たのんますぅ~』
…なんだか泣き出しそうな
神崎さんの声…。
畠(はた)さんは
表向き、コーディネーターという
立場を取っている…。
…が。
実際のところは
仕事上での
ダイレクト・コントローラーだ…。
クリエイティブ業界における
一切を
畠(はた)さんが仕切っている…。
と言っても言い過ぎではない
…(らしい)。
だから畠(はた)さんが
首を縦に振らない作品は
〝 地獄落ち 〟とも言われて。
だから
畠(はた)さんの一声(いっせい)は
〝業界における
鶴の一声(ひとこえ)〟
とも言われていて…。
だから…。
ネットの向こうの神崎さんが
慌てているのもわかるのだが…。
でも…何で…?
この前上げた作品なら
事前に畠(はた)さんに打診して
OKもらってる…。
『滝さぁ~ん…』
レスポンスしなくなった僕に
再び神崎さんが呼びかける…。
でも…とにかく…。
畠(はた)さんが
会所に来ているなら
このままネットで
…というわけにはいかない…。
僕は
少し離れ気味になっていた顔を
マイクに近づけて言った。
「…わかり…ました…。
なるべく…急いで行きます…」
『そぉすかっっ』
一転、揚とした
神崎さんの声…。
「……」
『じゃ。お願いしまっス。
そんじゃ、滝さん。また後でっ』
ぷちんっ。
神崎さんは
勢い込んでそう言うと
一方的にログ・アウトした。
「……」
…ぷちぷち。
ぷち…。
僕もログアウトの手続きをして
PCの電源を切った。
がっちゃ。
少し急ぎ気味に
クローゼットから服を取り出す…。
…ばさ、ばささ…。
「……」
集会ならノータイ・不可だけど。
いい…か…。
僕は
一番近くに落ちた
白の綿シャツを掴んだ…。
…ばさ…。
それから…。
…ばさばさ…。
ジャラ……。
履いたジーンズのポケットに
手を突っ込むと
何枚かの
※2クラスチップの感触がした。
…オッケ…。
それから…。
クリスプ……。
クリスプをつかんで
胸ポケットに入れた…。
「…オッケ…行くか……」
あ…。
「~~~」
キッチンに入ると
コーヒーが香った。
見れば
テーブルに
コーヒーがこぼれている…。
お湯の注ぎ加減が多すぎて
マグカップから
溢れてしまったのだ。
僕は
静かにドリッパーを外して
カップに口を近づけた。
そしてその
なみなみとしたコーヒーを
一口…。
「~~」
うすい…。
…激薄だ…!
こ、がんっ。
ドリッパーを
シンクに投げ入れると
あからさまに
無造作な音がした…。
玄関口で靴を履き
ドアを開ける…。
「っ…」
…と。
勢い良く飛び込んできた
外界の光…。
一瞬で視界が黒点になる…。
「……」
僕は
少し大げさに瞬きをした。
それから
軽く息を吐いて
地上に続くステアを
急ぎ足で降り始めた。
※2 シャッバート … 安息日
※1 クラスチップ … 現代でいうところのお金